大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)223号 判決
原告 松本兵彌
被告 乗上健二
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に金六万円とこれに対する昭和二十五年二月五日より完済まで年五分の割合の金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決とその仮執行の宣言を求めその請求の原因として
「原告はもと大阪市東淀川区小松中通一丁目九番地の被告が現在住んでいる家屋に住んでいたのであるが、昭和二十二年十月末被告を留守番代りとしてこれに住まわせて愛媛縣喜田郡三善村大字春賀に轉地療養のために移住した。原告はその後昭和二十四年五月帰阪するために、被告から右家屋の明渡を受ける必要が生じ被告にこれを求めたのであるが、被告がこれを拒んだので、かれこれ交渉の末同月十一日被告との間に、「被告は原告に金七万円を支拂うこと、その支拂方法は、内金一万円は即時、残金は同年十一月一日に支拂うこと、若し被告が右期日に金員の支拂をしないときは直ちに右家屋を原告に明渡すべく、この場合には原告は被告に金三万円を支拂う」旨の契約を締結した。然るに被告は契約締結の日に金一万円を支拂つたままその余の支拂をしないので、原告は右契約金の残金六万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十五年二月五日より完済まで年五分の割合の遅延損害金の支拂を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として
「原告主張の事実中、原告が被告現住の家屋に住んでいたこと、被告が原告主張の日に原告に金一万円を交付したことは認めるがその余は否認する。原告は被告現住の家屋に住んでいたのであるが、終戰の食糧事情の惡化に耐え兼ね、昭和二十年十月その現住地に移住するに至つたので、被告はその後を受けてこれに移轉し、昭和二十一年一月家屋の所有者である大阪市北区黒崎町六十番地訴外久野公平との間に賃貸借契約を締結し、その後昭和二十三年六月右訴外人の求めにより代金三万円で右家屋を買い受けたのである。ところがその後昭和二十四年五月中頃に至り原告の妻訴外松本キミヱが被告方を訪れ、商賣をするのに右家屋の店の間を貸してくれと要求したがこれを拒んだところ、同訴外人は、その翌晩その妹及び親戚の者と称する男二人を伴つて被告方を訪れ、被告に対し、右の要求に應ずるか又は右家屋の権利金として金七万円の支拂を要求し、被告がこれを拒むや、持ち前のヒステリー症を発して大声でわめいたり、泣いたりして被告にその承諾を迫つてやまず、そのため被告は終に困惑の末、一時その場をおさめるため、権利金の支拂を承諾し原告主張の契約を締結したのである。けれども右のような契約は地代家賃統制令第十二條の二の規定に違反し無効であるから、原告の本訴請求は失当である。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が昭和二十四年五月十一日原告との間に金七万円を原告に原告主張の約旨で支拂う旨の契約を締結したことは被告の認めるところである。被告はこれは被告が現住の家屋が訴外久野公平より原告が賃借していたものであることに関し、借家の権利金として、原告の要求に基いて支拂うことを約したものであるから地代家賃統制令第十二條の二の規定に違反する契約であつて無効である、と主張するからこの点について考察しよう。
成立に爭のない甲第一号証と証人乘上キヌヱの証言とをつきあわして考えてみると、被告が現在住んでいる東淀川区小松中通一丁目九番地の家屋はもと訴外久野公平の所有で、原告がこれを同訴外人から賃借していたのであるが、被告は昭和二十年十月下旬都会地における食糧事情の惡化に耐え兼ねて郷里である愛媛縣に移り住むに際し、家主である右訴外人には無断で被告等夫婦をこれに留守番と称し住まわせたのである。ところが同月末に至つて右の事情が訴外久野に知れるに及んで同訴外人は被告との間に直接賃貸借を締結することを求めたので、被告は原告にこれを通じて対処方を要望したのであるが、原告が何等の処置をも講じなかつたため、被告はやむを得ず右訴外人の要望を容れて直接の賃貸借契約を締結し、その後原告にもこのことを通じたのであるが原告はその際はこれに何等異議も述べず、その後数年は平穩に経過したのであるが、(この間に被告は右訴外人の申出によつて本件家屋を買い取つたのである)、昭和二十四年五月に至つて原告の妻松本トシ子が被告方に來て、被告に対し本件家屋については依然として原告が賃借人であつて被告はただの留守番なのであるから「明渡して欲しい、若し明渡すのが嫌なら権利金を支拂え」と要求し、被告は金一万円を支拂うべき旨申出たのに対し同訴外人はこれは少額に過ぎるとして承諾せず、実に二日間に亘つて極めて執拗な要求を繰り返えしたため被告も終に讓歩して同月十一日に右訴外人を原告の代理人としてその間に前記のように金七万円を支拂う旨の契約が成立したものであることが認められる。
事実関係が右認定の通りである以上、本件契約は原告が被告に対し本件家屋の轉貸人であるという立場においていわゆる権利金を取得するための契約であつて地代家賃統制令第十二條の二の規定に違反するものであると断定せざるを得ないのである。本件のような場合被告が明渡してくれなければ原告は権利金を出してでも他に借家を求めなければならないので、この権利金を被告が負担する趣旨であつて、自ら権利金を取得するためではないのであるから右法條に牴触するものではない、というが如きは全くいわゆるけんきようふかいの論であつて、むしろそのことは却つてこれによつて被告が支拂うものも権利金であることを証明して余りがあるといわなければならない。同法條の目的とするところは單に利得の帰属を取締るにあるのではなくして、借地借家関係の公平、明朗を期するにあるのであつて、右のような論を容れることは明かに同法條の期待に反するものと考えざるを得ない。そして右法條に違反する行爲は法律上無効であることについては多く疑を容れないところであるから前記契約の履行を求める原告の本訴請求はこの点において失当として棄却せざるを得ない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫)